稲作だより,  土の声

稲葉の猿子 土の声 2020.09 No.175

▼日本中の作物を不作にしたあの長い梅雨がようやく明けた。曇雨天の中で育っていた出穂前の稲には梅雨明け後の陽射しはとても強く心配したが、喜びのほうが多かったように見えた。それでも屋外にあるものはやけどをするくらいに熱くなる日が続き、「お盆すぎまではなんとかやり過ごしてくれ」と願いつつも、その後の気温は一向に下がらない。
▼8月下旬、旧暦の七夕のころ、早朝に東南に車を走らせていると田圃がきらきらと輝いていることがよくある。稲の葉先にある朝露の一つずつを朝陽が輝かせている。とても涼やかな光景で周辺は少しひんやりとした空気が流れているように感じる。
▼里芋の朝露をあつめて墨をすり、七夕のお願いを書くと願いが叶うという風習がある。同様に、佐賀には稲の露を使うという記録もあった。この朝露の呼び名はあるものかと調べてみると「稲葉の露」「稲の葉露」とある。稲葉の水孔から出た水は、上向きに生えている細かい毛をたどり上へ上へと集まり、葉先やその途中で露となる。猿の子が樹を登る様子に似ていることから「稲葉の猿子」とも呼ばれている。少し早起きしてその様子を見てみたくなった。
▼稲葉の露ができて1時間ほどたつと露は葉をたどりするりと落ちたり蒸発する。大地から一歩も動けない稲はこうして朝に自分の体を冷やし、昼に備えているかのように見える。この猛暑も人の汗と稲の汗の暑さ対策で、素晴らしい稔りをみせてくれるはず。